行事の記録

「年貢を運ぶ道」

 「通船切手」は通運の際に必要不可欠なものです。年貢の場合、切手が年貢であることを証明し、御分一所で関税(分一)が徴収されないという役目も担っていました。文書により差違は認められるものの、切手発給を願上げる際には 米の数量(複数の船に分かれる場合はその内訳も)、どこの年貢か、誰の年貢か、運び出す場所・納め先、年貢を運ぶ者の名前(船主の名前)、日付、宛先、差出人などが記入されていました。年貢を納める流れを知る事が出来る文書を2つ紹介します。


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藩主巡国と村人の生活

 文化10年(1813)9月、阿波守に任ぜられた12代藩主松平斉昌が、吉野川流域を巡見した時の記録が美馬郡半田町(現つるぎ町)の大久保家文書の中に残されています。
 これは、文化12年(1815)亥2月に半田村の大久保太兵衛によって作成された「此度御通行被遊ニ付諸役人役割名面御触并ニ村内役割写覚」(オオク00827)です。史料の記述に従って紹介していきます。


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阿波の伝馬(てんま)てんま(てんま)関係史料 〜美馬郡東端山の武田家文書より〜

・阿波の伝馬について
  江戸時代、阿波では藩の公的な手紙や荷物は「伝馬」制度を利用して運ばれていた。街道筋に「伝馬所」が設けられ、伝馬所ごとに荷物等を継ぎ送りしていた。その際、実際に荷物等を運んでいたのは、伝馬所周辺の村の百姓たちである。彼らには伝馬役が課せられ、百姓の夫役(労役奉仕の義務)として伝馬所の勤めを果たしていたのである。


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