文書館の逸品展「公文書に見る徳島の風水害」Web展示解説1

『初めて名前が付いた台風 “室戸台風”』


 昭和9年、全国に大きな爪痕を残した室戸台風。この台風は“初めて名前が付いた台風”とも言われています。 台風には「ジェーン台風」「台風19号」「室戸台風」などいくつかの命名パターンがあり、 皆さんも1つの台風に異なる呼び名が併記されているものをご覧になったことがあるかと思います。
 また「台風」という言葉自体も、それが定着するまでには色々な呼び名があり、その言葉が定着したのは 室戸台風襲来の数年前、昭和初期と言われています。

―台風の語源―
 古く枕草子や源氏物語では「野分(のわけ・のわき)」との表現が見られ、江戸時代には「颶風(ぐふう)」と 呼ばれることもあったようです。しかし、これらはいずれも文学的な要素が強いもので、明治期まで「大風」 「出水」「暴風」「海嘯」「洪水」と、台風はその状況により様々な呼び名で表現されていました。

【徳島測候所気象調査報告第八号 イワム01239】

 上図は、明治25年に徳島県を襲った台風について、徳島測候所発行の気象調査報告第8号に掲載されたものです。 中心進路も記され、明らかに台風の襲来と見て取れますが、まだ「台風」という言葉はなく「暴風」と記されています。
 因みに徳島測候所は、この前年の明治24年に創立されました。
 「台風」(当初の表記は「颱風」)という言葉は、後に中央気象台第4代台長(現・気象庁長官)に就任し気象学の父とも 称される岡田武松が、1907(明治40)年に学術的に定義したことに始まると言われています。岡田武松が神戸海洋気象台の初代台長時代、 1924(大正13)年に発行した冊子『颱風の話』には、「颱風は夏から秋にかけて日本・支那・フィリピン・南洋及びその付近の 海洋を荒らす大暴風であって暴風中では性質が最も猛烈なものである」と解かりやすく記されおり、その呼称は中国の文献に すでに見られていたもので決して新しいものではなく、外国で「タイフン」と言われているのはこの音訳であると書かれています。
(ただし台風の語源については、中国説の他、ギリシャ神話やアラビア語が起源であるなど諸説があり、いまだ正確な語源は未詳。)
 大災害をもたらす恐ろしい気象現象であったにも係わらず、「大風」「暴風」など、その呼び名に統一性のなかった日本において、 昭和初期にやっと共通の呼称・表記が定着した「颱風」。1956(昭和31)年“同音の漢字による書きかえ”の制定により「台風」となり、 誰もが知る現在の「台風」となります。

―個々の台風 名称いろいろ―
 気象庁により“顕著な災害を起こした自然現象の名称”として、正式に名称が定められた最初の台風は、昭和29年の台風15号「洞爺丸台風」です。
 それ以前にある個々の台風の名称は、民間通俗的な呼び名が一般化したもので、公的な名称ではありなせんが、この「室戸台風」は 公的な報告書等でもその名が使われており“初めて名前が付いた台風”と言われているようです。

【昭和九年九月二十一日払暁徳島県を通過した颱風概況 イワム04978】

 上は昭和9年の室戸台風について徳島測候所がその概況をまとめた冊子です。
 「颱風」の名称は使われていますが「室戸颱風」とは明記されていません。 誰がいつから「室戸台風」の名称を使い始めたのかは、残念ながら突き止めることができませんでした。
 さて、その台風それぞれの名称の付け方にも時代とともに変遷がありました。

<英語名>戦後1947(昭和22)年から1953(昭和28)年5月まで
 アメリカ軍の合同台風警報センターは、北西太平洋領域に発生する台風にも英語名をつけており、 1999(平成11)年までその英語名が台風の国際的名称とされていました。占領下の日本でも、 終戦直後の1947年から日本主権が回復した翌年の1953年まで、台風にはこの英語名を使用していました。 カスリーン台風(昭和22年)・アイオン台風(同23年)・キティ台風(同24年)・ジェーン台風(同25年)・ ルース台風(同26年)などがよく知られています。1953年5月に西日本を縦断したジュディ台風が、 英語名で呼称された最後の台風、そして台風番号のついた最初の台風となりました。
 なお、アメリカ施政下にあった沖縄や海洋気象等国際的な通報では、その後もしばらく英語名が使われていたようです。
【ジェーン台風被害社会事業施設災害復命書 K200400298】

<台風番号>1953(昭和28)年〜 *後に1940年まで遡って付番
   戦時中の気象報道規制が解かれ気象業務の基本方針も整備された1953年、 日本の気象庁では毎年1月1日以後もっとも早く発生した台風を第1号とし、 以後発生順に番号を付け、年号と通番の連記方式で台風の公式発表をしています。
 例えば1953年の13番目に発生した台風は「昭和28年台風第13号」となり、 やや専門的な用途には西暦下2桁+番号2桁の「台風5313(天気図等ではT5313)」という 4桁識別コードを使用しています。なお、この台風番号は、国際共通番号にもなっています。

<アジア名>2000(平成12)年〜

 1968(昭和43)年にESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)とWMO(世界気象機関)が共同で設立した、多国間地域協力の枠組みである台風委員会により、 2000年から北西太平洋または南シナ海の領域で発生する台風には、それまでの「英語名」に代わって「アジア名」を用いることとなりました。
 アジア名は、加盟14ヵ国が10個ずつ提案して事前に作成された140個の台風名リストから、台風の発生順に命名していく 「リスト方式」を採用しています。台風の発生数が年平均27個とすると5年ほどでリストは一巡し、 その後は再び最初から同じ名前を使用することとなります。
 日本国内においては台風番号での呼称が一般に根付いていたため、日本以外のアジア地域で顕著な被害が出た場合等を除き、 アジア名は余り使用されていないのが実状です。

<顕著な災害を起こした自然現象の名称>1954(昭和29)年〜
 日本では、台風番号の他に、気象庁が日本国内において顕著な災害を起こした自然現象(気象・地震・火山等) について固有の名称を定めています。
 最初に命名されたのは昭和33年の台風22号狩野川台風で、このとき遡って昭和29年の台風15号も洞爺丸台風と名が付けられました。 当時の命名基本方針が決められたのは、昭和36年の第2室戸台風の直後と言われています。
 2019(平成31)年までに、洞爺丸台風・狩野川台風の他、宮古島台風(昭和34年14号)・伊勢湾台風(昭和34年15号)・第2室戸台風(昭和36年18号)・ 第2宮古島台風(昭和41年18号)・第3宮古島台風(昭和43年16号)・沖永良部台風(昭和52年9号)と、8つの台風に名称がつけられました。
 現在の名称を定める基準等は、2004(平成16)年3月15日に制定され、2018(平成30)年7月9日に一部改訂されたものです。 台風についての基準は、損壊家屋等1,000棟程度以上または浸水家屋10,000棟程度以上の家屋被害、相当の人的被害などの顕著な被害が発生し、 かつ後世への伝承の観点から特に名称を定める必要があると認められる場合とされています。また、その名称は“元号年+顕著な被害が起きた地域・ 河川名+台風”とすることや“翌年の5月までに定める”ことを原則として定めています。
 皆さんの記憶にも新しい2019(令和元)年、日本は立て続けに2つの台風により大被害を受けました。気象庁は翌2020(令和2)年2月19日、 1977(昭和52)年の沖永良部台風以来43年ぶりに、この2つの台風の名称を発表しました。
 1つは令和元年房総半島台風、もう1つが令和元年東日本台風です。ゆえに、 この2つの台風は、それぞれ3つずつ名称を持つことになります。


 近年異常気象により強大化している台風。そこに共通認識できる名称が付され、記憶され、記録され、次世代へ伝承されていきます。 その1つの役割を担っている公文書。多くの方に有効活用して頂ければと思います。

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